ピンチ

2016年の9月の入院で会陰部の溜まりを出すのに切開した。 まあ、その後はまずまずの経過をたどっていたんだけど、暮れも押し詰まったあたりから出なくなった。 そして入院中も出ないままだったので、昨日医者に聞いてみたところまあ、痛みがあれば抗生剤で、出ないなら出ないで問題ないという話しだった。 ここまでが前振り。 夕方、みょうに熱っぽい。 測ってみると8℃台。 既に抗生剤も飲んでいるのに...。 とりあえず布団に入り安静にしていた。 そのうちに多少落ち着いてきて遅めの夕食を食べてまたすぐ布団に戻りおとなしくしていた。 このまま熱が下がらないようだとまた病院に逆戻りだよ。
--

通院

退院の翌日はいつもの病院に通院。 腎臓内分泌、大腸外科、ステント交換と盛り沢山。 腎臓内分泌に行くと、ボクが話す前に医療情報の要求があったことで何があったかを知っていてちょっと驚いた。 入院の経緯や入院中の治療について話す。 今回の騒動で、懸案のクロアチニンは約0.5ほど高くなったものの今すぐどうこうと云うレベルではない模様。 次は大腸外科。 この医者は淡々としていて、ボク的には主治医だと思っているんだけど、主治医感ゼロ。 経過の手紙もこの先生宛と循環器内科宛に書いてもらった。 経過について同じような話しをして、循環器内科には予約窓口で予約をしてくれとつれない。 最後にカテ交換。 今月からまた新しい医者に変わった。 いつも交換の前の診察で1ヶ月間変わりはなかったかと聞かれるんだけど、いつもは別にとか問題なかったとか答えるところ、またこれこれこうでと経過を話すと大仰に驚いてくれた。 そのあと交換。 抜いたあと、新しいカテを挿入して位置を決めるまで痛かったりするんだけど、今度の医者は上手なのかそれもなくサクッと終了した。 それから予約窓口で循環器内科の直近の枠を予約して終了した。
--

いよいよ退院

午前中退院。 ちょっと動くとしんどい。 思ったより体力が落ちているかも。 まあ半月以上ベッドの上にいたんだからしょうがない。 来週から仕事のつもりだったけど、ちょっと自宅療養しようかしら。
--
のち

退院への道

昨夜、主治医から家族を含めて病状の説明があった。 何だか心臓も弱っているらしい。 てか入院してるんだから当たり前か。 消化器系はいいとして、腎臓に加え心臓にもリスクを抱えることになるとは思ってもいなかった。 なんだかなあ...。 褒められた人生ではないことは、重々承知しているつもりだけど、なかなか神様はゆるしてくれないようだ。
--
のち

ベッド

どこの病院でも大概医療用のベッドが配備されている。 部屋が移ったときにベッドも変わったんだけど、なんだか調子が悪い。 リモコンで背中の傾き、足の傾き、ベッドの高さが調節できるようになっているんだけど、どこかを調節して30秒ほど経つとエラー表示になってキーが効かなくなる。 コンセントの抜き差しで直りはするんだけど、いちいちコンセントの抜き差しをするのも面倒臭い。 昨夜、現象が出て朝になったら代えてもらおうと思っていたら、朝には直っていた。 そしたら昼過ぎに再発したので訴えてみた。 すぐベットを代えて貰えるのかと思ったらリモコンだけ持ってきて交換したんだけど現象は変わらず。 しばらくして別のベットを持ってきてくれた。 入院生活は結構長い方だと思うけど、ベットが壊れたのは初めての気がする。
--

失念

きょうは、年に1度の人間ドック。 数日前まですっかり忘れていた。 週末に思い出したけどクリニックは休み。 当日のキャンセル電話となった。 そして、部屋が移動になった。 でもやっぱり廊下側。
--

4人部屋

定宿ではMRSAのせいで自動的に1人部屋になるのだけど、ここではICUのあと4人部屋に入れられた。 大部屋はすごい久しぶりだ。 周りは結構出入りが激しいのに、ボクだけは廊下側のベットから動く気配がない。 周りにいる患者の看護師との会話や見舞い客との会話を聞くともなく聞いていると、そこはかとなく人となりがわかってきたりする。 斜向かいのおじいさんは、娘さんが暮れに出産予定なのにまだ産まれないらしいこと。 このまえまで隣にいた人は、不倫して奥さんと別れてその人と暮らしているらしいこと。 エトセトラ、エトセトラ。
--

苦戦

この前、ダウンロードした『上海』 レベルが4段階に分かれていて、3番目のレベル250題をクリアしたので、1番難しいレベルを始めた。 流石に難しい。 てか最初は牌が少なくて、なかなか解法を見つけられない。 逆にある程度牌の数が増えた方が同じレベルでも簡単に解ける気がする。
--

見舞い

長男の嫁の両親がお見舞いに来てくれる。 まったく年明け早々に申し訳ないことである。
--
☀️

始動

昨日の回診で、きょうから歩行が許された。 パウチもちょうど交換時期なので、シャワーに入って交換したいと看護師にお願いした。 医者からお許しが出たようで、15時から初シャワー。 やっとさっぱりできた。
--
☀️

入院生活も

10日となると(いやもっと前からだけど)飽きてくる。 いつもやってるゲームも飽きたので、新しいゲーム(と云ってもすごい昔の上海なのだけど)をダウンロードした。 それなりに面白い。
--
☀️

初めて

入院後初めてベットの外に出る。 朝、体重測定で移動式の体重計がベットに横付けされてそこに降り立った。 そして午前中、レントゲンを撮りに車椅子に乗せられ1階のレントゲン室まで行ってきた。 午後には、抜針。 シリンジポンプの点滴も終了。 順調に回復している模様。
--
☁️

眠い

夜は眠剤で熟睡できてるはずなのに、眠くてたまらない。 昼間、何度もうとうとする。 夕方、主治医の回診。 全粥食から普通食にしてもらった。
--
のち

『西郷どん』

新しい大河がはじまった。 オープニングクレジットに平田満、風間杜夫、松坂慶子と並ぶのは喜ばしい。 内容はそれなりで、可もなく不可もなくと云うところか。 まあ来週も見ると思うけど。 しかし、謙さんはいつもいい役やるなあ。
--

休日モード

土曜日で病院も休日モード。 医者の回診もない。 血圧は相変わらず80台のまま。
--

点滴

栄養の点滴が終了。 ヘパリンと昇圧剤のシリンジポンプ2本になる。 食事も1/2食分だったのが全量になった。
--
☁️

一般病棟

昼前にICUから一般病棟に移った。 ICUは、一日中わさわさしてたけど、一般病棟はやけに静か。 携帯が使えるようになったので色々便利。 ゲームをしたり、『土の記』を読んだりして入院4日目が過ぎていく。
--

回復傾向

酸素の吸入が中止になった。 そして昼から食事が始まった。 そう云えば、せっかく買出しに行ったのに、おせち料理を何も食べてない。 こんな正月も珍しい。 暮から入院していて、1日に食事が摂れる状態なら病院でもおせちと云わないまでも、それなりに正月らしい料理が食べられたはずなのに...。 退院したら、何処ぞでお祝いのご馳走を頂くことにしよう。
--

入院2日目

眠剤が処方されたみたいで、久しぶりに熟睡する。 ICUは、携帯も不可なので、外部と連絡を取る手段は何もない。 部屋には、MDを再生できるラジオが置いてあり、ずっと駅伝を聞いていた。 ラジオ中継ってNHKだけかと思っていたら、文化放送でもやってるのね。 てか、AMがほぼ入らず、FMのシフト放送?で中継をやっている局が文化放送だった。 まさか東洋が往路優勝するとは思っていなかったよ。 午後、長男、父親と弟、家族が見舞いにきてくれる。 全く正月早々申し訳ないことである。
--

救急搬送

早朝、足が痙ったので何時もの薬を飲んだ。 その直後、息苦しくなる。 ほぼ経験したことがない事態。 ヤバイなと思い、東大の救急外来に電話をした。 状態を話すと、システムの入れ替え中でカルテが出せないので、救急車を呼んで呼吸器内科のある病院に搬送してもらえと仰る。 仕方がないので、云われた通り、救急車のお世話になった。 受け入れ先が決まるまでひと悶着あり、結局地元の総合病院に搬送された。 採血、レントゲン、CT、エコーと一通りの検査の結果、胸水であることが判明。 そう云えば、いつぞやの手術のあと、経過があまり良くないときに、胸水と云われ確かにこんな症状だったのを思い出した。 病名は心不全になるらしい。 ひょえー! 酸素マスクをつけられ安静の指示のもとICUに入れられた。 数時間前、今年は1回も入院しなくて済んだねと話していた矢先、元旦に病院の人となるとは...。 そして文末ながら、新春のお祝いを申し上げまする。
--