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オペ記念日 2024

またこの日がやってきた。 19年になる。 来年は、20年か...。 よくここまで来たとは思う。 きっともう再発もないだろうし、あとは、どれだけ腎臓を温存できるかが問題かな。 きのうのクレアチニンの値もイマイチだったし、そろそろ透析が始まるのかもしれない。 とは言いながら、今日明日って訳でもないだろうし。 まだ身体の自由が利くうちに、ちょっとは遊びたいなあって、散々もう遊んでるって? そして、今年もきょうが夏至。 更に、遅れていた梅雨入りも。
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くもり のち あめ

オペ記念日 2023

毎年、ここに所感を書くのが恒例になっているのだけど、17日のパトロールのあと、もしかして、今年はスルーしてしまったかと思い、相当焦って調べると記念日は21日で、まだ来てないことがわかりホッとした。 そんなこんなんで、18年目を迎える。 もう忘れるくらい経ったということかもしれない。 とは言うものの、年初には、会陰部に痛みが出たり、この前は、右の腎瘻も重かったりと、万全というわけでもない。 ナニもないことを願いつつ、だましだましやっていくしかないのだろうね。 それでも、透析の話しがでたのが2019年2月。 4年経ってもまだ大丈夫なんだから、悪運に強い伝説は、まだ有効なのかもしれない。 そして、きょうもまた夏至。
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くもり

通院(2023-05-11)

きょうは、カテ交換と腎臓内分泌のフォローアップ。 あと、循環器内科の血管エコー検査。 そして、前回、腎臓内分泌の先生にお願いしていた皮膚科の受診と盛りだくさん。 ほぼ予定通りに到着し、まず採血。 15分位遅れて泌尿器科の診察。 1ヶ月、問題なかった旨を話し、交換の準備。 暫らく待たされ交換。 交換は、このところと同じく、問題なくサクっと終了。 コンビニでお茶を買ってから、皮膚科に移動。 ちょっと待たされ診察。 右の膝の横に、以前なった皮膚がんと同じような症状が、数ヶ月前から出ていて、前回の腎臓内分泌の受診のとき、皮膚科を受診できるようにお願いしていた。 早速、部位を診てもらうと、ボーエン病の疑いがあるという。 ボーエン病って何かと思ったら皮膚がんのことらしい。 すぐに、生検を取ることになる。 空いてる予定を調べてくれ、今日の午後14時45分からでもいいかと聞かれたので大丈夫と答えた。 生検を採ったあとの予定を決め、一旦終了。 続いて、腎臓内分泌。 予定より20分位遅れて診察。 クレアチニンの値が3ヶ月続けて微増していると仰る。 あとはウラリットが利きすぎているので、1日8錠から6錠に減らすことが告げられた。 きょうは、骨粗鬆症の伊藤先生が学会でいないので、かわりに中村先生が注射の指示をしてくれた。 終わって処置室で注射。 そして、今度は血管エコー検査。 下肢にエコーのプローブを当てられること30分位。 うとうとしていた。 1時40分位に終了。 皮膚科で生検を採るのに2時15分位に受付けに来るように言われていた。 昼をどうしようかと思い、またちょっとした気の迷いで、病院から5分ほどのところにある神勢。というラーメン屋にする。 ここは、病院に通い始めたころ、ラブちゃんに教えてもらい、何度か通ったことがあったけど、ここ10何年くらいは行ったことが無かった。 味も覚えてなくて、今日の味はまあ、普通の感じ。 指定時間より5分ほど遅れて病院に戻り、皮膚科に移動。 生検を採るための説明を受ける。 そして、外来病棟内の処置室のような手術室に移動。 局部麻酔をして、患部の皮膚を採取した模様。 20分ほどで終了。 傷口の今後の処置方法を教えてもらい終了。 会計を待っている間に、処置に必要な滅菌ガーゼを売店で購入。 会計が終わり、撤収。 途中、薬局でクスリを受け取り、ついでに食材も調達して帰ってきたら5時半を過ぎていた。
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はれ のち あめ

手術

弟から、父親の手術が無事終了した旨のメールが届いた。 その後、母親からも電話があった。 母親は、耳が遠くなったせいでほとんど電話に出ることがなくなり、声を聞いたのは久しぶり。 開腹ではないので、それほど身体に負担はかかってないと思われ。 ゆっくり静養して回復してくれることを願うのみ。
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はれ

こんなのが出てきた

件のMicrosoft OneDrive On this dayにこんな画像が出てきた。 調べてみると、2012年9月の手術のときの説明資料なのがわかった。 なんできょう出てきたのかは不明。 それにしても、こんな改造をしても生きていられるのだから、人間って大したもんだ。
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オペ記念日2020

15年目のオペ記念日は、孫一家との食事会と重なった。 15年、いろいろあったけど、まだしばらくは大丈夫かな? 最大の問題は腎臓だけど、出来れば透析は避けたいなぁ。 てか、自分のこと以外で、一番ショックだったのは、最初のオペの執刀医だった渡邊教授(オペ当時は助教授)が亡くなられたことかな。 大きな手術だったけど、その後も、何度か入院のたびに気にかけてくれた。
食事会は、ほかの子供も揃い全員が参加。 孫は、ボクよりも子供たち(叔父伯母)の方がお気に入りのようで、あまり相手をしてくれないのが悲しい(笑)。
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ときどき

入院8日目

いよいよ手術当日になった。 朝、5時に投薬。そして絶飲食。 きょう3番目の手術と聞いていたので、それまではすることもなくぼんやり過ごす。 13時35分に手術室に呼ばれる。 手術部の受け付けに泌尿器科の教授が居たので、教授が執刀するのですかと聞いたら、ボクがやるとぐちゃぐちゃになるのでなんて仰る。 そうこうしてる間に主治医(執刀医)も現れた。 引き継ぎのあと手術室に移動。 きょうはOP12。 ベッドに寢かされ、しばらくすると麻酔を入れられ夢の中へ。 17時半くらいに医者が挨拶に来たような気がする。 手術は14時半から16時半まで2時間だったらしい。 その後は、傷口の痛みに辟易とする。 30分おきくらいに目が覚めてなかなか眠れない。
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通院からの緊急入院

きょうは、カテ交換。 前回のことがあるのでちっと不安。 ここ数日、会陰部の痛みが増しているので、大腸外科も当日予約で見てもらうことにする。 カテ交換は、きょうも透視下。 例によって左側はすんなり終了。そして右側。 透視画像を見ながら、ガイドワイヤーを使って交換している模様。 『あっ!抜けちゃった』なんて声がきこえる。 ヲイヲイ大丈夫かよ? その後、無事入った模様で終了した。 交換後の診察で、8月後半の血尿の話しをしたんだけど、前回の交換でガイドワイヤーを使ったせいかも知れないと云う回答で、お決まりの経過観察になった。
大腸外科で診てもらう前に採血の指示があり、採血室で準備をしてるうちに急に寒気がして身体が震えだした。 採血を始めたものの、血管が収縮しているらしく殆ど取れないままストレッチャーで大腸外科の処置室まで運ばれベッドの人となる。 そこで医者に会陰部の経過を話し、規定の量取れなかった血液を大腿部から取られ、CTを撮ることになった。 処置室に運ばれたときには熱も7℃台で大したことなかったんだけど、徐々に上がって40℃をこえた。 そんな状況で、入院することが決まった。 その後、CTの結果がでて、溜まりが増えているわけでもないし炎症反応が高いわけでもないと仰る。 そうこうしているうちに病棟に移動する。
子供に緊急入院になったことを伝え、入院グッズを届けてもらう手配をする。 CTの結果、交換した右腎臓の経過が思わしくないらしく、泌尿器科の医者が登場し、再度カテーテルを刺し直す、場合によっては腎瘻を建て直すと云われる。 マジですか。 これ以上腎臓にダメージを与えたくないので、できれば刺し直しで終われせてもらいたいと思う。 子供が到着すると入れ違いにストレッチャーでオペ室に運ばれた。 まさかオペ室に入ることになるとは思わなかった。
オペ室の受け付けで病棟の看護師からオペ室の看護師に引き継ぎのあと、オペ室に入りストレッチャーからベッドに移動する。 諸々の準備のあとタイムアウトが宣言されオペ?が始まった。 どうやら今入っているカテーテルを抜き差しして固定水の量を変えただけで上手くいった模様。 すんなり終わってホッとした。 術前は腎臓が張った感じだったけど、それも収まった。 そんなこんなで入院1日目は終わった。
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オペ記念日2018

あれから13年が過ぎた。 次から次にと、いろいろ起こるものの、まだこうして生きているのだから良しとするのかな。 がんにならなければ、また違った人生を歩んでいたのかもしれないけど、大して違わなかったのかもしれない。 失意だらけと云えば失意だらけだし、元々こんなものだったのかもだし、思いはまとまらない。 何れにせよ、また恙なく来年のきょうも迎えられると良いなぁ。

夏至
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オペ記念日2017

今年もオペ記念日がやってきた。 12年ですよ、12年。 万全ではないものの、そこそこ小康を得ていると云うか、ぼちぼちと云うか。 不都合な現実ではあるものの絶望と云うほどでもなく、厳しい人生と云えば厳しいのかもしれないけど、たかが知れてると云えばたかが知れてるし。 これからは、がんと闘うってノリじゃなくて、加齢と闘うことになるような予感がするですよ。 まあ、そんなこんなで12年目のオペ記念日が過ぎていく。 そうそう、去年の11月から読んでいる高村薫の『土の記』、その後も何度となく読み返していて、今日中にまた読み終える。 こんなに同じ本を再読した記憶はないんだけど、何度読んでもいいですよ。 誰かと感想を語りあいたいと思うけど、そんな友達がいないのがさみしい。
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いちじ

オペ記念日2016

最初のオペから11年。 よくここまで来たなあ。 いろいろ問題はあるけど、まずまずの日々を過ごしている。 このところの問題は、なんちゃら樓からの体液の浸出がハンパないこと。 できたらパウチを付けたいレベルだけど、場所が場所だけに厳しいと思われ。 まぁ、そんなこんなで夏至と重なった11年目のオペ記念日は過ぎてゆくのである。
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くもり ときどき あめ

オペ記念日 2015

10年ですよ、10年...。 あと10年くらいは生きられるかもしれないし、上手くいけば20年も夢じゃない? それにしても、父の日とも重なっているというのに誰も祝ってくれないって...。 でも、末っ子の教育実習が終わったので、そのお疲れさん会ということでディナーは焼肉になる。 こっそり一人で祝ってやったのよ。
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あめ のち くもり

オペレーション

当日。 相変わらずルートが取れず苦労している。 研修医がエコーまで持ち出してやっと取れたのに、もうすぐ手術室に移動というところで漏れていることが分かり抜針。 ルートは、オペ室で取り直すことになった。 ストレッチャーで移動開始、泌尿器科だったらきっと歩きで行くのにと思いながらストレッチャーの人になる。 最初の手術の時のストレッチャーのこと懐かしく思い出した。 まあ、今回はしょぼいオペなので、これと云った不安もない。 ほぼ13時に一期棟OR-10へ入室。 30分かけてやっとルートが取れ準備に入る。 13時55分にタイムアウト。 局部麻酔が打たれ手術が始まった。 15分程で移植する方の切除が終わり、患部も20分くらいで切除が終った。 医者にリクエストして切除した患部を見せてもらった。 その後移植をしている模様でタイムアウトから1時間10分で無事終了した。 麻酔の所為か痛みもない。 ストレッチャーに揺られ病室に戻ってきた。 3時間くらいで麻酔は切れるって云ってたけど、その後も痛みはない。 後は、安静に過ごすだけだ。
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ゆき

オペ記念日 2014

9年経った。 いろいろあったがってありすぎる気もするが、こうして生きているんだし近年稀に見る元気さだし、夏至だし。
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はれ

また

夕方、右の腎ろうが抜ける。 すぐに病院に電話して事情を話し病院に向かう。 全然入る気配はなく、緊急手術となった。 手術室は二期棟の3号室(OP3)。 局部麻酔、オペレーション時間は48分。 そのまま、入院となった。
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はれ

緊急入院に緊急手術

昨夜、ふと気がつくと、左のカテーテルが抜けかかっている。 マジか...。 病院に電話すると突っ込めるだけ突っ込んですぐ来いと云うので、 病院に向かった。 当直の下っ端の医師が処置するも入って行かない。 中堅の医師も呼んで、透視下で挿入することになった。 真っ暗な外来棟にストレッチャーで向かい、レントゲン室の中に入った。 でも、やっぱり上手く入らない模様。 そのうち新見先生もやって来た。 結局、入れるのは諦めて、明日再手術ということになった。 また、手術か、勘弁してほしいよ。

看護師が、緊急枠でするから遅くなると云ってたのに11時に呼ばれた。 珍しくストレッチャーで4階の手術部に向かった。 きょうは、1期棟。 引継ぎのあと、OR-8に連れて行かれた。 もろもろの準備のあと、11時53分にタイムアウト。 いつもの感じで背中をグリグリされ、12時39分に終了した。
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はれ